「自分で選ぶこと」が大切だけどしんどい話【21世紀の自由論を読んで】

なんかタイトル重いっすね。どうも。

今回は突然の自分語りメンヘラぶちまけスタイルでいきます。

「自分で選ぶこと」が大切だけど辛くてしょうがない話

18歳の時から農業の学校に通っていた時よく言われたのは

「若いのにしっかり考えていてえらいね」

「えらいね」って褒められるのは単純に嬉しいし、「他人と違うことをしている」というのは私の自尊心の一部だ。

農業っていう世界を選んで、

大学にいかないっていう手段を選んで、

鳥取県という場所を選んだ。

大学にいかないって時点で無限に選択肢が広がった。

 

でも、その選択肢が広すぎることがしんどかった。

私の頭の回転は、イメージするなら石臼をゴリゴリ回してる感じ。重ってぇ、投げ捨てるぞ。

その石臼で考えたところで考える限界は結構早くて、ぶん投げてはまた頭にのせてゴーリゴリ。

そんな暇あったら動け、相談しろってよく言うけど、最後に選ぶのは自分。

考えたってだいたいわかんないけどね、私。

 

それでも選んだし、選んだからこそ納得しているけど、

「選ぶことが大事だと思う、だけどどうしてそんな辛いことを人に勧めることができるのだろう」って思ってました。

21世紀の自由論(佐々木俊尚著)

ずっと考えてた「しんどさ」の源流を解説してくれる本でした。

話の中心は様々な政治思想の分析と、ヨーロッパの理念の中心である「リベラリズム」が上手くいかなくなっているのはなんでか。

リベラリズムの「普遍的なもの」の世界では高位にある理想に向かい、人々は高みを目指して登ることが義務付けられた。・・・・つまりヨーロッパ近代は、上下に移動する世界だった。

私達は人種や出生に関係なく自由に選べることを進めてきたつもりだったけど、実は上にあがることを強制してきたのではないか。

上にあがることは、下に落ちることと表裏一体だった。

それが苦しみとなったのではないか。

機会を均等に与えることは、その機会を利用しない権利を圧迫してきたのでは?

そんな話が近代政治思想の流れから解説されています。

そーいや大学にいかないって言ったら、色々言われたな…。

 

で、本題はこっから私達はどうなっていくのか。

著者の佐々木さん曰く現代は移行期だと。

上にあがることは困難だが、下にさがる心配は少なく、縦横は常に移動する世界。つまり自分がいまいる場所は決して固定されず、いつ流動するのかもわからない。・・・網の目によってつねに社会とは接続されているが、居場所は転々と変わっていくかもしれないのだ。ここでは「安定」と「移動」が矛盾なく同期している。

次々と場所を変えることが可能であるという新しい「安定」の世界になるらしい。

たとえ会社を辞めても、次にすぐ移れるっていうのは心も経済的にもある意味安定しているよね。

 

ただ、その過渡期にいる私たちは間違いなくしんどい。

そんな流れ流れる世界が来るなら準備しなくてはならない。

流れ流れる中でも他と接続できる環境を、個人は流れる準備を。

その準備をするかどうかも選択だ。

生きているうちにそんな世界が来るかもわからないけど。しんどいっつの。

でも、しんどさの理由を知ってしまって、その先に安定があるなら目指すしかないよね。選択肢のない自由だね!

詳しくはぜひ呼んで見てください。

その世界は経済成長を目指さない懐古主義でもないって話も大事だと思います。それは世界の全員が生き残れないという非情な話だから。
私の語彙では要約できんかったので読んでください。

 

あー石臼頭で考えるのは疲れるね。

この投稿書いて疲れたから癒やされようね。

 

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